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妖怪朝型人間。

おはようございます。

私、宴会では決まって深夜2時を過ぎるとおちます。
そのせいで一部友人の間では、私が寝始めると「そろそろ2時かな」ってタイマー代わりになってたりします。
夜は苦手なんです。
昔っから朝型でした。
大学受験の時も22時には寝て朝4時半に起きて勉強してました。

その時のことを今ふと思い出しています。
今、1月末の専門医試験に向けて勉強中です。
問題集を試験までに最低3周はやらないとならないのに、まだ1周目の1/5くらいしか終わってない。
ヤバい・・・


でも今週末は恵那だよー!はじめての瑞浪だよー!

来月から本気出す!\(^o^)/



とも言ってられないので、夜はジムでへとへとだし、試験までは早起きして勉強することにしました。


職場の前にあるデニーズで、仕事始まる1時間前くらいにきて勉強。いわゆるデニ勉です。


でも今日は勢いあまって5時半に着いてしまった!!!





く、暗っ。



そんなんだから夜すぐ眠くなるんじゃないのか・・?



ところで、先日知人から「なんで授業中や電車の中では眠くなるのか」と聞かれたので、私がその一因だと思ってることについてお話しします。


形成外科ではよく「眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)」の手術をやります。なかでも「加齢性眼瞼下垂症」が多いです。
歳と重力に負けて上まぶたをあける「眼瞼挙筋腱膜(がんけんきょきんけんまく)」が伸びに伸びきった結果、まぶたが開けにくくなる疾患です。


その手術で皮膚切開のデザインをするとき、施設によっても様々ですが、私は患者さんに座って頂いた状態で行います。仰向けになると重力の影響が取り去られてまぶたが開けやすくなるので、手術のポイントとなる"開け具合"の調整がやや少なめになるからです。


そう、原因はここなんです。
人は横になっている時よりも座っているとき、立っているときのほうが重力のせいでまぶたは閉じやすくなっているんです。


だからといって、だから授業中は眠くなるんだ!と短絡的に言い切ってしまうのは語弊がありますが・・。


医療っぽい話のついでにもうひとつ。
風邪やインフルエンザの季節がやってきました。
私もコンペ前で体重少し絞ってるので風邪予防には気を遣ってます。






アルコールによる手指消毒はインフルエンザ含め多くの風邪ウイルスや細菌に有効です。
でも、手に有機物がついていると効果が下がるようです。至適なアルコール濃度も決まっているそうです。
ですので、やはり基本は手洗い。しっかり流水と石鹸で手を洗って手に付着した無駄なものを落とし、それからアルコール消毒剤を使うといいですよ。

でも、よくありますよね、こーいうの。





これは色んな人が出口を押して、毛細管現象で手の雑菌が中の液にたまり、菌の温床になっている可能性大です。流水でしっかりと洗うだけでも雑菌はかなり落ちますので、私はこのタイプの洗浄液しか無い場所ではせっけんは使わず手洗いしてます。


以上蛇足でした。
3連休晴れるといいな!

正しい爪の切り方

陥入爪(かんにゅうそう)、いわゆる巻き爪は私の専門とする形成外科でよく扱う疾患です。


足の親指に起きるものがほとんどなので、通常単に「陥入爪」という場合は足の親指のものをいうようです。


陥入爪になる原因として多いのは、ヒールの高い靴をよく履くとか、サイズの合わない靴を履いているとか、何かしら爪が側爪郭(爪の両サイドの肉)に食い込む要因が存在してます。


何を隠そう、私も少しだけなりかけてます。痛みとかは全然なく、今のところ特にトラブルは起きてません。


DSC0599023.jpg
患者さんの写真は許可なく使えないので、わたしの爪写真です(笑)。両足親指、爪の両サイドなりかけてます。



医学用語で、爪の両サイドの肉を側爪郭(そくそうかく)といいます。
爪の根元の皮膚は爪上皮(そうじょうひ)といいますが、その下には爪母(そうぼ)と呼ばれる組織があって、ここから新しい爪が作られます。


DSC0598822.jpg
これは上からみた写真。


上から見ると、とくに外側の角が肉に食い込んでるのが分かりやすいと思います。これが陥入爪です。内側も少しだけ肉に食い込んでます。これがひどくなると爪が肉に刺さって肉が切れ、強い痛みが出て歩きにくくなったり肉が炎症を起こして腫れたり、膿が出たりします。


初期の段階ではマチワイヤーなどの形状記憶合金を使って爪をまっすぐに矯正するような保存療法とか、もっと単純に爪と肉の間に綿を挟む方法(コットンパッキング)、また、伸縮性のテーピングテープを使って側爪郭を外側へひっぱるテーピングなどが行われます。
そういう姑息的手段ではどうにもならない場合、手術療法が選択されます。

私がよくやるのは「フェノール法」です。

DSC0599024.jpg

まず指ブロックといって指の付け根に局所麻酔薬を注射し、指全体の感覚を失くします。次に、上の写真のように食い込んでる部分の爪をずるっと抜いちゃいます。根元までしっかりです。最後に、そのままだと爪母からまた新たな爪が作られて再発しちゃうので、爪母をフェノールで焼き、爪が生えてこない様にします。
つまり結果的に横幅の狭い爪になります。


このように悪化すると厄介な陥入爪ですが、私はフォーマルな場以外でヒールの高い靴を履きません。背は低いけど、プライベートでハイヒールを選ぶことはほとんどないです。それでも陥入爪になりかけてるのは明らかにクライミングシューズのせいです^^;


ここで重要なのが正しい爪の切り方です。靴が合わなくて陥入爪になりかけてる人は割と多いのではないかと思いますが、病院のお世話になるかならないかの分かれ道は「爪を正しく切れているかどうか」、これに尽きると言っても過言ではありません。


ここでもう一度、2枚目の写真を見てほしいのですが、この矢印で示した食い込んでる部分、この部分の爪を切ってしまっている方も多いのではないでしょうか?ですがそれが大きな間違い、陥入爪を悪化させる原因です。



DSC05988223.jpg


この爪の角を痛いからといって落としてしまうと、あいたスペースに側爪郭が盛り上がって来て更に陥入爪が悪化するのです。病院に来られる多くの方はこの爪の角を切ってしまっています。そこでまず正しい爪の切り方を指導する事からはじめることが殆どです。


私たちはよく「スクエアオフに切る」という言葉を使います。爪の両サイドの角を落とさず、四角い状態を保ちます。同じ理由から爪を短く切りすぎるのもNGです。ただ長すぎてもひっかけて怪我をするので、指の肉からはみでないぎりぎりくらいまで我慢して爪を伸ばしてもらいます。とにかくこの「爪の角」が大切なんです。


私はこれを知っているので、爪の角を落とさないよう気をつけてます。それでもクライミングシューズという余りに無理のある靴を履かなければならない悲しい身の上、爪の角ははっきり言って邪魔です。とくに内側の角が人差し指にあたるんです。「切っちゃいたい!」でも我慢して切らずにいます。


DSC05990.jpg

もう一度私の爪写真ですが、変な形だと思います(笑)。爪の切れ端が下に凸のゆるいカーブを描いているのが分かるでしょうか。これ実は、シューズと干渉しないようなるべく爪を切り、かつ陥入爪を悪化させない様にするため爪の両サイドの角だけを残し、爪の真ん中は短くするという何とも無理矢理な切り方。陥入爪が悪化したらシューズが履けなくなる、けど快適にクライミングしたい!という板挟みな状況からひねりだした苦肉の策です。


ほんとは、自分でフェノール法やっちゃいたいなあ、とも思います。指1本30分かからず終わる手術です。そうしたら爪は小さくなるわ陥入爪の心配はなくなるわで一石二鳥です。ですが、さすがに手術後数週から長くて1ヶ月くらいは痛くてシューズ履けなくなる気がします。それも嫌だなあと考え中です。



とにもかくにも、指は痛いわ爪は曲がるわ、クライミングって身体に悪いスポーツですね!(´・∀・`)

今月は山に行く

去年の8月から、出身大学の附属病院に戻って本格的に自分の専門科の研修が始まった。


私は形成外科だ。


形成外科は整形外科と混同されることもある。何をしている科なのかよく分からない人が多いだろうし、どこの病院にもあるわけではない。大学病院以外の市中病院では形成外科など無いことが多いし、形成外科があっても常勤の先生がいなかったり、常勤がいたとしても1人とかのことが多い。


美容外科も形成外科の中の1つの分野なので、「傷をきれいにする科」と思われていることも多い。
皮膚科がメスを持ったような感じ、と思われることも多い。
だが形成外科の守備範囲は広く、傷が汚い手術もやるし体の深いところも触る。
簡単にいうと形成外科は、頭の先から足の先まで全部やる。
体中の皮膚、皮下組織、筋肉、骨、血管、神経に関する手術をやっている。つまり脳みそと内臓以外の全部だ。
そして他科とのコラボレーション手術も多い。
だからいろんな科が集まっている大学病院でより本領を発揮する。
耳鼻科が癌をとったあと、なくなってしまった組織を他のところから持ってきて作り直す。
外科が内臓をくっつけて、その内臓を生かすための血管を形成外科がつなぐ。
形成外科はそんな科だ。


だから顕微鏡を見ながら血管をつなぐような長時間手術でうんうん唸ったり、女性の顔の傷痕をより目立たない傷にするにはどう切ればいいか?とうんうん唸ったりする。
そんな仕事が最近どんどん面白くなってきている。


そして、今の職場は山が好きだという私の生き方をちゃんと理解してくれている。
ある上司の先生は「山好きな人は、街にいるときの姿は仮の姿なんでしょ?」と、そこまでわかってくれていれば説明はいりませんね。
だからこそ山に行けるはずが急に行けなくなったりしても、「まあ仕方ないか、仕事だし。来週こそは!」と仕事にも山にも前向きになれている。


3月は2回の週末休みがあり、そのうち1回は実にひさしぶりに3連休だ。
2月はせっかくの休みが大雪で駄目になったりして全然アックスを振るえなかったので、3月は存分に満喫したいと思う。なんか最近あったかいけど。


フリーのほうもトレーニングの成果が出てきたか、徐々に調子が上がってきた。まだ山モードなのでトレーニングはしているがコンディショニングはしていない。つまり、かなりのデブである。
それでも今までよりパフォーマンスが上がっているから、こりゃ痩せたらかなり登れるのでは・・と痩せられない狸の皮算用をしている。


今週は10時間オペが2件もあるけど、睡眠不足に負けず登りにいくぞー!
目指せフィジモン!

新しい生活がはじまった

8/6からついに専門研修がはじまった。
普通の医学部を出れば、研修医が終わってすぐ後期研修といった感じで自分の専門科の研修がはじまるのだが、私の大学は特殊なので2年のブランクがあり、これからが本番、という感じ。
つまり仕事としては人生で一番忙しい時期になるし、将来の進路、自分が何者になるのかというのを決定する重要な時期でもある。


私は山岳医として活躍したいけど、それにもやはり自分の専門科というものがあったほうがいい。
私の場合は形成外科。
それが山岳医療にどうつながっていくか、活かせるか、それはまだ分からないけど、とりあえず私はレールにのっかって、専門研修を開始した。


この2年は泊まりで山に行くのも厳しいと思っていたが、どうやら上手くすれば隔週で土日が完全フリーになる。
この2年も専門研修を頑張りつつ、山の方も今までのようにはいかずとも、なんとか続けていけそうに思う。
平日はベースキャンプという素晴らしいジムで登れるし、私はこれからもクライマーで居続けられそうだ。
とにかくこの2年を将来につなげられるよう頑張る。
それしかない。


ペコマは医者としてはレールから外れ、自分の選んだ道を行くことになった。
それが楽な道なのか、いばらの道なのかはまだ分からない。
山には行きやすい環境だが、それが将来的にいい道なのかそうでないのか、それは自分の頑張り次第。
このお盆休みもペコマは山に行っている。
ペコマが山に行って強くなってくれれば、私たちパーティとしての総合力は上がるので、今の職場の自由度を活かしてペコマにはこれからも強くなってもらいたい。


9月にはヨセミテだけど、その前にもう一度くらいは日本の花崗岩でトレーニングできそう。
8月いっぱいのブランクをあけてヨセミテになってしまうかとも思っていたので、そこはちょっとほっとした。


今はまだ仕事がはじまったばかりでなかなか自分のペースで動けない。
仕事に慣れればもっと効率が上がって登る時間もより作れるようになるだろう。
幸いなことに圏央道にすぐ乗れる立地だし、良いジムもすぐ近くにある。
家に壁もある。
私はクライマーで居続けられそうだ。


と同時に、やっぱりこの2年で専門科をしっかりやらないと意味が無い。
ぼーっとしてたらあっという間にこの2年は過ぎてしまう。
ただ日々の雑務をこなすことしか出来ずに、かといって山にも満足に行けない2年にしてしまったら、本当に無駄な2年間になってしまう。
疲れたりストレスが多かったり、頑張ることをやめる言い訳になるような要素は盛り沢山な2年になるだろうけど、この2年を乗り切れたら一皮むけられるかな。


主婦業もこの2年は、比較的時間的余裕のあるペコマにお任せ。
家の事はペコマに任せて、私は仕事と山に集中する。


今日はベーキャンでボルダー。
常連さんたちとセッション。
ジムにいると、仕事中心の生活をしていることが不思議なくらい自然でいられる。
やはり登っている自分が真に本当の自分ってのはいつまでも変わらないな。


みんな所沢の家にも遊びに来てね。

これからのこと

明日、仙台から埼玉へ異動だ。


仙台で過ごした2年間は実に様々なことがあったが、私の人生に大きな影響を及ぼした出来事もあり、正に人生の転機ともいえる印象的な地となった。


私はこの9ヶ月ほどの間、出来る範囲で少しずつ、ある出来事の「記録」を綴ってきた。
そしてその作業を通じてある人の死の理由を探ってきた。
その作業は自分にとって辛いものだったが、この8月からは仕事も忙しくなる事を考えると、時間のあるうちに出来るだけ掘り起こして、ちゃんと記録に残しておかなければならないと思っていた。
本当はなるべく記憶が新鮮なうちがいいので半年以内にと思っていたが叶わなかった。
その作業は予想以上に苦しく、それゆえ予想以上にはかどらないものだった。


私は、人間が忘れる生き物だということを知っている。時間が経てば経つほどに本当の記憶は薄れ、想像力によって真実は捻じ曲げられ、真相は永久に謎のままになってしまう。

それは、あの出来事によって欠けてしまった私の一部が永遠に戻らないことと同義のように思えた。
無論、私が元通り全くの無傷の状態に戻れるのかは分からない。
同じ経験をした人の発言などを参考にすれば、何もなかった頃に戻る事は難しいのかも知れない。
私があと何年生きるか分からないが、もし70で死ぬのだとしても、まだ後40年以上も楽になることは出来ないのかも知れないと思うと気が重い。
だが、その苦しみを忘れることによって、無かったことにする事によって解決するのだけは避けたかった。
だから悲しい記憶を辿りながら、私はある出来事と、ある人との過去の思い出を綴ってきた。


その私の大切な人は、自殺した。
その時の私にとって、その事件は余りに唐突に思えたし信じ難い出来事だった。
本当は自殺ではなく、自殺に見せかけた他殺なのではないか。
そんな風に疑ってしまうほど、起きる筈の無い事件だった。


だが、9ヶ月に渡る真実を求める作業によって、それはやはり予測出来た事、充分に防ぎ得た事なのではないかという思いが強くなった。
特に私は医者であり、専門ではないが多少なりとも精神科疾患に対する知識がある。
現に私は当時から薄々感づいていた。
特に診断されたり治療を受けたりしていたわけではなかったが、その人には他の人と比較して自殺の可能性が高い資質があったのではないか。
そんな人が追い詰められている状況で、私が行った行為のなんと冷酷なことだったろう。
私が殺したのだ。
その人の死の瞬間からあったその思いは日増しに強くなっていった。


自殺者はその9割が何らかの精神疾患を持っているという。鬱病や統合失調症などであればその疾患そのものの症状として自殺が起こるケースが多いし、パーソナリティ障害を持つ患者では「トライがたまたま成功してしまって」亡くなるケースが多い。
そして遺された者もまた様々な感情を抱く。精神疾患を発症してしまう人も少なくない。ものの本を読めば大抵の事は書いてある。
私は無知過ぎたのだ。


日本では年間3万人程度が自殺によって亡くなっている。
自殺を予防する様々な取り組み、呼びかけもなされている。余り自分に縁が無いこととして実感が湧かない人が多いだろう。だが今私はそういったポスターを見る度にとても沢山の、見えていなかった現実を知る。
もう遅すぎるのだけれど。
今回思い知ったことは、「この世に起きない事などない。何でも起きる」ということ。そして「死んだら何もなくなる」という2つの事だ。
特に2つ目の事実は一時期、私の全てを覆い尽くしてしまって、生きてやっていることの何もかもに意味が無いのではないかと思わせるほどの空虚感を与えた。思い出は残っているけれど、そもそもこれからのために思い出はある。それなのにその人にはもう「これから」が無い。まるで始めから何も無かったかのような残酷さだ。そうしてその人が残したものに触れる度に空虚感と絶望を感じた。それは多分、生きている者が感じてはならない感情だった。


周りのとても沢山の人たちのおかげで私は今普通に日常生活が送れている。だが、今の段階では私は2つに分かれている。1つはその人を思ってただ嘆き悲しむだけの自分、もう1つは今まで通り生活する自分。
幸いなことに、山や日常生活の中にその人の面影は少なかった。だからその人のことを思いさえしなければ、山に行ったり普段の仕事をこなしたりする事は出来た。でもその2つが共存することは難しい。それでは何も手につかず、忙しい毎日を過ごす事が出来ない。生きている人間は生きて行かなければならないのだ。


そしてその反応は正常な反応であるらしい。私自身、自分が2つに分かれていることが不安で、職場のカウンセラーに話を聞いてもらったことがある。皆、大きなショックを体験した人は少しずつ時間をかけてその事実を受け入れるものであり、事実が受け入れられない、または受け入れられない自分とそれを忘れて日常を送る自分とが別に存在することは仕方ない。ごく自然の反応であると。だから私がおかしくなっている訳では無いらしい。それが分かっただけでひと安心だった。でも、そのカウンセラーの所に行ったのはその一度きりで、再び訪れることはなかった。カウンセラーの方が私の話に余りに衝撃を受けていたので、これ以上この人と話しても何も得られないだろうと思ったからだ。


近親者の自殺を経験したひとはその多くが「自責」を感じるそうだ。
つまり「自分が殺した」と思ってしまう。
でもきっと故人はそんな風に考えることを望んでいないし、私を救ってくれた多くの人もそれを悲しむはずだ。
それに、そんな風に自分を責めるのは実は楽な行為で、褒められたものではない。生きている人間はもっとしっかりと生きて行かなければならないのだと思う。苦しくてもそれが使命なのだと思う。


色々調べていて知ったのだが、皮肉にもWHOが定めた「世界自殺予防デー」は9月10日、その人がお腹を痛めて産んだ、私の誕生日と同じだった。
今その人の心安らかで、手帳の中の写真と同じとびきりの笑顔で笑っていることを願う。

プロフィール

chippe

Author:chippe


肉好きchippeのブログへようこそ!
2006年10月 山歩きを始める。
2007年9月 クライミングを始める。
山岳同人「青鬼」所属。
「メラメラガールズ」所属。
国際認定山岳医。
「カリマーインターナショナル」アンバサダークライマー。
現在は無職、旅人。
旦那さんはpecoma。

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