2018/02/25
海谷駒ヶ岳 カネコロン 敗退記2 〜氷は生物〜 本編、エピローグ
2/23(金)糸魚川シーサイドバレースキー場には朝9時半くらいに着いた。
すでに陽は高く昇り、街全体が神々しいほどの朝日で光り輝いている。車内は暑い。

逆光で眩しい駒ヶ岳方向を見上げると、真っ黒な壁に青白い氷瀑がくっきりと浮かび上がっていた。
昨日から気温が高いのが気になる。今日も体感で気温はかなり高そうだ。
冬晴れというよりは春の陽気を思わせる。

林道の除雪終点付近、この日車で入れた最奥地点にて荷物をデポ後、車は糸魚川シーサイドバレースキー場の第四駐車場に停めて歩いた。

除雪終点からはスキー。なんやかやで11時過ぎ頃アプローチ開始。

徐々に近づいてくる巨大な氷瀑に気持ちが高まる一方、あまりに暖かな気温と、照り付けられている氷が心配でならない。

暑い!

はじめは林道、その後緩やかな尾根なのでアプローチではスキーの機動力が活かされる。

ここ一週間は降雪がほとんどなく、前日に25cmほどの積雪のみ。雪崩の不安はあまりない。
はじめは西尾根沿いに上がっていき、途中で尾根を少し右に外れて樹林帯を繋ぎ登った。

標高800mくらいで、斜度が上がりスキー登高がきつくなってきたころ終了。ここでテントを張ることにした。
ここからなら、沢地形の側壁をつめて氷瀑まで直接アプローチできる。
このとき時間は14時過ぎ。ペコマが残って幕営準備。私は氷瀑まで偵察に出かけた。
沢地形に入り込み過ぎないよう、尾根の側壁をトラバース。雪は腐ってまるで春山。
ところどころ岩肌が露出して小さく雪崩れた跡が見られた。

眼前に迫る大氷瀑。一応、全崩壊することなく、二週間も待っていてくれた。
一目でラインは見出せた。3Pでいけるだろう。だが近づけば近づくほどに、水の流れる音が大きくなり、落雪落氷が気になり始める。

近付いてみる。1P目の傾斜が変わるところから上は、まあ何とかもちそう。
でも最下部はめっちゃ薄い。しかも中は水が流れてるっぽい。なおも照り付け、まったく隠れようとしない太陽。
右から左まで、均一に薄そう。でも行くとしたら右から・・?
うわ〜・・、と眺めていると、氷片がひゅんひゅん降ってきた。
長居は無用、と退散。今夜再結氷してくれることを願うしかない。

テン場に戻り、まだ沈もうとしない太陽を恨めしく思いながらペコマと合流。
いつもなら有り難く感じる冬山の太陽が今はただただ恨めしい。
ペコマ「おかえりー!どうだった?」
ちっぺ「うん、でかかったよ。」
ペ「状態は良さそう?」
ち「まー、うん。薄いよ。一番下はかなり薄いかなー・・」

煮炊きをしながら作戦会議。
明日も気温が高く、よりによって雨予報だ。
この標高なら氷にも雨が降り注ぐ可能性はある。
そうなればもう今シーズンのカネコロンは終了だろう。

しかも天気予報では明日9時から降り始める。雨の中登攀はいやだし、青年団バンドの下降も怖そう。
そもそもあの溶けかけの氷を日が高い中登るのも嫌なので、夜間登攀にしようということになった。
ペコマは今シーズン初のダブルアックス。
ペ「正直、サクサク登る自信はないよ。バーチカルはアックステンション交じりになると思う」
私の全リードもそれとなく提案してみたがそこは譲らず(笑)。
核心となりそうな2P目のピラーを私が、奇数ピッチをペコマがリードすることにした。

夕食を終えて8時前には就寝し、0時起床、1時半出発。
夜間の風雪は止んで、快晴無風。気温はやはり高く感じる。
月が沈んだ漆黒の夜空には冬の星座が煌めいていた。

前日ラッセルしたし、夜には雪が締まってさらに歩きやすくなっているのを期待していたのに、腐ったままの雪がパックされたモナカ状態で時間がかかる。まっ暗闇にやっと薄ぼんやり氷が見えてきた頃には2時半近くなっていた。
やはりどこも薄そうだが、ペコマは左から行くという。グサグサの氷をならしてなんとか3本スクリューを設置しビレイ点とした。
3時登攀開始した。

順調に登りすすみ、2本スクリューをとる。どちらもスカスカだが少しは効いている様子。
いったん傾斜がかわりマントルをかえすあたりまで来たところで、突如「どーん」という轟音が響いた。
と同時に地面が流れて行く。一瞬で何が起こったかを悟った。
やばい、埋まる!と本能のままに、壁に背を向け泳ぐ。
その間5秒くらいだろうか。流れが止まった。

横にペコマが落ちている。
ち「大丈夫!?」
ぺ「痛ってぇー!」
生きているし元気そうだ。右腕を強く打ち付けたらしいが頭はうっていない様子。私はといえば、巨大な氷塊に埋まったビレイ点と繋がっており動けない。それと右側頭部がかなり痛い。
だが意識消失は無かった。たぶん問題ないだろう。

見上げ、何が起こったかを確かめる。
傾斜の変換点からすっぱり氷が切れ落ちていた。下部の左半分が全部落ちたようだ。岩肌が露出し、水が勢いよく滴っている。リードしていたペコマはずり落ちる壁と一緒に落ちながら、「やばい、ちっぺが終わった」と思ったらしい。
この下敷きにならなくてよかった。
とりあえず壊れ方からは、第二波がきそうな雰囲気はなかった。
氷塊を壊してビレイ点を掘り出し、自由になってから、掘削作業を続けてギアやロープを回収し、何とかゴミは残置せずに済んだ。

ペコマは腕の痛みが激しくなってきたようだった。肩が上がらないという。
テントに戻り、雪で氷嚢を作りアイシングした。痛み止めを飲んでしばらくすると少しマシになったようだった。
お湯を沸かしながら、溶け始めていた昨日の氷瀑と、さっき目の当たりにした破断面とが思い出される。この程度の怪我で済んだ幸運を喜ばなければならないのに、カネコロンを登れなかったという落胆と、そのほか色々な気持ちがないまぜになって私の心境は複雑だった。

明るくなるのを待ってスキー下山を開始した。
この頃にはペコマの腕の痛みもだいぶ楽になったようで、どうやらただの打撲らしいことが分かった。

下山後の遠景からも、なくなった部分がはっきりと見えた。
反省点は色々あるけれど、生きて帰れたからこそ貴重な経験になった。
正直悔しくて仕方ないが、全てを総合してこれが実力なんだと思う。
登れば日本海も臨めるというカネコロン。
こんなに素晴らしいロケーションで、こんなに巨大な氷瀑を、また必ずや登りに来たいと思う。
〜終〜
あとがき。
"氷はナマモノ"
要冷凍で、賞味期限は枠外に記載。
色々な氷質があり、地形もあり、薄いからだめとか厚いから安心とか単純にはいかない。
でも少なくとも"要冷凍"ではある。
常温保存したら腐る。
とくに気温の高いアイスクライミングはやはり気をつけなければなと感じました。
次こそは美味しくいただきます。