2015/05/14
もやもやを処理すること
今実は、もやもやしてしまっている。最近では珍しく、かなりもやもやしている。
私はもともとメンタルが余り強くない。辛いことがあるとすぐにへこたれるしネガティブな気持ちになってしまう。
いつも笑顔、っていうのはすごく苦手だ。
しかし、「愚痴る」という行為は常に避けてきた。
それは「愚痴る」ということが実に恐ろしい行為だと感じてきたからだ。
まず、時間が無駄になる。
話す自分と聞く相手の両方の限られた時間が失われる。
次に、別に全然すっきりしない。というかむしろもやもやは募る。
それは上記の理由から「非生産的な時を過ごした」という後悔を生むというのがひとつ、更に負のオーラをもつ言葉を音として発することによってすごく気分が悪くなるという言霊効果がもうひとつ、このダブルの効果でモヤモヤはむしろ倍増すると思っている。
愚痴るとすっきりするという人が居るけれど、誰かの悪口を言うと脳みそはそれを自分自身に対する批判だと勘違いしてストレスホルモンを出しちゃうっていう研究報告もあるくらいだ。
実際私は気分が悪くなった。まさに科学でも証明されている「言霊」効果。それを幼な心に感じた日から、負の言葉はなるべく口に出さないようにして過ごしてきた。
でも、もやもやしたのをそのまま押し込めていたら絶対歪む。
私は小学校低学年頃までは涙を流すくらいしか術を持たなかったけど、だんだんませてくると創作をするようになった。詩を書いたり絵を描いたり、物語を作ったり。そういった作品にうまくもやもやが昇華されると、他のどんな手段よりも心底スッキリできた。
最近はもっぱらアウトドア派なので創作の機会は減った。小川山で焚き火したり、会心のクライミングが出来たりするとそれだけでスッキリしちゃうから。
でも、ちょっと今、けっこうもやもやしちゃって困っている。
どうしようかな。酒呑みながらペコマにでも愚痴ろうかな。
いや、でも酒を呑む時間というのは楽しい時間であり、実に大切な時間なのだ。
それにペコマと話し合わなければならないことは他にも山のようにある(次の遠征のこととか、瑞牆で何を登るかとか)。
いろいろ考えた挙句、ブログを書く事にした。
「書く」という行為はとてもいい。
ぐちゃぐちゃに混乱した気持ちが書いている間に整理されてくるし、不必要に昂ぶった気持ちも落ち着いてくる。
あ、そうだ。最近創作の機会が減ったのは、ブログを書いているというところもあるかもしれない。
で、具体的に何にもやもやしたんだったっけ。
あ、そうそう。思いだした。
思い出したけど、もういいや。
でも本当にやるべきことは何かも思い出した。
より有意義な人生を送るためにひたすら努力すればいい。いついかなる時も、真理はそれひとつだ。
ほら、やっぱり書いたらすっきりしちゃった。
やっぱり書くというのは人間にしかできないとても素晴らしい行為ですね。
あ、ちなみに、たまにFBとかで見かける負のエネルギーの垂れ流しみたいな記事は、正直だいっきらいです。
絶対コメントとかしないし、そういう発言の多い人の記事は目に余るものは実はブロックしちゃったりしてます。
ゴメンナサイ(>ω<)
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